メタ認知能力が低いとは滑車を回し続けること。

メタ認知能力が低いとは滑車を回し続けること。

 

対立煽り悪口風味は飽きられることのない味付けだ。

2ちゃんねるでは同じ悪口と対立煽りで1日250万もの書き込みを獲得している。

メタ認知能力の低さというものは滑車を回し続けることに等しい。

悪口と対立煽りを悪口と対立煽りと認識すれば2ちゃんねるに書き込む意欲もなくなるのである。

暇を持て余した2ちゃんねらーは目的もなく2ちゃんねるで悪口と対立煽りを回転させ続けることになる。

それらは決して誰かに自分の存在を知られることもなく続けられる。

2ちゃんねらーは生産と消費に貢献しているのかもしれない。

もしも2ちゃんねるが社会の役に立つとしたらまずは悪口を無くすことだろう。

しかし2ちゃんねるから悪口を無くせばその時点で2ちゃんねるの求心力は失われてしまう。

2ちゃんねるは悪口と対立煽りで支えられているのである。

2ちゃんねらーは悪口と対立煽りで互いを拘束し合うことで書き込みを継続しているのである。

インターネットの中でも手軽に注目を浴びて全能感が得られる2ちゃんねる

2ちゃんねるの自己顕示欲と全能感による誘惑は強力な作用として2ちゃんねらーに書き込みを促進することができるのである。

世界はお金と法律でできている。

世界はお金と法律でできている。

 

自分の稼ぐ能力の低さを正当化するためにいろいろな理由づけがなされている。

恐らく自分が稼ぐ能力に秀でていないことを認めたくないので妄想している。

妄想は全能なので自分がそれほど社会に影響力を持っていなくても幸せに暮らせるのである。

たった3行の文章にすら影響力で勝てない者たち。

結局のところインターネットは0.1%が楽しい人生を送るために99.9%がクリックしてくれているのである。

わざわざインターネットにアクセスして何の得にもならない話で盛り上がってくれているのである。

もちろんそんな人たちを相手にする必要は無いしハナからどうでもいい存在なのである。

世の中は金持ちとエリートに媚びていればどうにかなる。

金や力・影響力を持ってる人に媚びていればいい。

どうでもいいインターネットのどうでもいいコミュニティで自尊心を保つどうでもいい人生。

インターネットのどうでもいい側面に気づきながらも続けてしまう矛盾。

インターネットは金儲けの道具でありそれ以外は安いものを買ったり調べ事をするだけでいいのだ。

インターネットに酔いしれているのは幸せなことである。

自分に何の権限も影響力も無いことに気づきつつも自分は充実していると自分に言い聞かせて生きていけばよい。

インターネットで気持ちよさそうに雑談。

インターネットで気持ちよさそうに雑談。

 

インターネットの住民が気持ちよさそうにインターネットで雑談している。

本人らが楽しければよいのではないかと思う。

雑談が生産と消費に繋がるのであれば好ましいことだ。

インターネットのコミュニティで宣伝が促進されるならばよいことである。

とにもかくにも生産と消費に貢献できれば何でもよいのだ。

とっくにインターネットに飽きてしまった者も飽きてない者もインターネットに時間を貢げばよいのである。

要するにインターネットに時間を貢ぐことが時代の最先端なのである。

好きなだけ時間を貢げばよいのだ。

誰もインターネットに時間を貢ぐことを止めはしない。

好きなだけインターネットが楽しめるのだ。

1円も貰えなくてもインターネットを好きなだけ楽しめばよいのである。

インターネットは表現の場である。

インターネットはお金を稼ぐ場所ではない。

性格のいい者ほどそう考えている。

だがしかしインターネットで稼げる者は違う。

インターネットで稼げる者は時代の最先端である。

インターネットで最先端なのはインターネットでお金を稼いでいる者だけなのだ。

インターネットで稼げる者を尊敬することは自然なことである。

インターネットへの夢と希望はお金儲けだけなのである。

ネットには暇人がぶら下がっている。

ネットには暇人がぶら下がっている。

 

インターネットには暇人がぶら下がっている。

かつて持て囃されたインターネットの明るい未来も今は昔。

一部の才覚あるユーザーだけがインターネットで富を得た。

インターネットは夢の存在ではなく商売道具だったのである。

今もインターネットは夢を売ってお金を稼いでいる。

インターネットで夢を掴めた者はどのくらいいるのだろう。

こうしてインターネットの夢や理想が覚めていく時に新しいテクノロジーが生み出される。

人工知能を使いこなせる者だけが利益を得ることができる。

インターネットは情報格差を生み出して所得格差を生み出した。

インターネットは何でも叶えてくれる夢の楽園ではなかった。

インターネットは全てを均一化して数値化してしまったのである。

今はまだ気づいていないネットユーザーも多い。

インターネットが金儲けの道具でしかないということに。

0.1%がお金を儲けるために99.9%がクリックしているのだ。

インターネットに時間を消費されるために夢中なのだ。

奇妙なことにインターネットで稼いでいる者はインターネットを冷めた目で見ている。

賢いのだ。

インターネットで稼げる0.1%の者は賢いからインターネットを神格化したりしない。

インターネットを神格化しているのは時間を支払っている99.9%なのである。

2ちゃんねるはどうでもいい

2ちゃんねるはどうでもいい。

 

2ちゃんねるはどうでもいい。

ツイッターがあるからだ。

2ちゃんねるのような古臭い掲示板の相手をさせられるのが遺憾だ。

ツイッターで高貴な者や聡明な者が発言してくれているのに言えば更なり。

ツイッターに導くことがインターネットへの貢献なのだ。

2ちゃんねるがタンスの奥に挟まっていた誇りまみれの人形なるモナーを持ち出してきた。

モナーを見て垂涎を垂らす2ちゃんねらーなど居るのだろうか。

モナーを見て感傷に浸る2ちゃんねるーが居るのだろうか。

少なくとも2ちゃんねるに15年間書き込み続けている自身がモナーに酔いしれることは無かった。

ツイッター宗主国アメリカと連動した画期的な仕組みである。

ツイッター住民は謙遜してツイッターを悪く言うこともあるがツイッターへの愛は強い。

ツイッターを愛していなければツイッターに書き込むことなどないからである。

2ちゃんねるの話題を作業的に消費するコミュニーケーション。

ツイッターの自己の物語に立脚して話題を消費するコミュニケーション。

どちらを選択するかは各自の自由だ。

ツイッターは多機能でカラフルでハイカラなので選ばれるのは必然と言える。

2ちゃんねるパソコン通信とHTMLを懐古する者も少なくはないのだろうけれど。

大衆にメタ認知を教えるメリット・デメリット。

大衆にメタ認知を教えるメリット・デメリット。

 

メタ認知能力を持たない者はメタ認知能力を持つ者に容易く操作される。

メタ認知能力を意識する事自体に意味があるのだ。

単純な話で言えば相手は自己利益を最大化することが目的なのである。

それゆえに相手の認知能力と目的さえ理解すればあとは容易い。

インターネットの神秘化は誰の得になるのか。

インターネットが神秘化されることでだれが不利益を被るのか。

インターネットは誰に利益をもたらしているのか。

インターネットでは嘘と私怨で溢れている。

インターネットでは特定の思想の建前により他人に行動を強制する行為がある。

インターネットはどう考えても金儲けの道具だ。

様々な話題が扱われているのが実際にインターネットが金儲けと安いものを買う以外に使い道はない。

IT企業やネットビジネスを行う個人の利益のために99.9%はクリックし続けるのである。

ある意味で経済に貢献しているとも言える。

本来ならばゲームで消費していた時間をインターネットに費やしているのである。

インターネットに時間を費やすことによってお金が動くのであれば上出来だと言える。

肝心なのはインターネットに夢を見たり崇拝したりしてはいけないということなのである。

2ちゃんねるに繋ぎ止めておきたい人たち。

2ちゃんねるに繋ぎ止めておきたい人たち。

 

2ちゃんねるにユーザーを繋ぎ止めたいという思惑を感じることができる。

2ちゃんねらーは自己顕示欲と自己承認欲求に餓えている。

悪口と対立煽りで他人の注目を手軽に浴びることができるのである。

2ちゃんねるはクラスの人気者や注目の的を手軽に疑似体験することができる。

2ちゃんねるを見るか見ないかは自由だ。

見たければ見ればいいし見たくなければ見なくていい。

来る者を拒まず去る者を引き留めず。

2ちゃんねるの気軽な繋がりが根強い人気の秘訣なのである。

2ちゃんねるは限りなく自由で無制限だ。

何でもありの無法地帯というわけにはいかない。

最終的に2ちゃんねるは一定の規範を持った共同体となる。

規範と言っても悪口と対立煽りなのだけれど。

悪口と対立煽りは2ちゃんねるの原動力であり最大の売り物である。

常に2ちゃんねるが稼働し続ける理由は他でもない悪口と対立煽りのエネルギーだ。

まさに原子力の例えが喜ばれる。

2ちゃんねらーは時間と引き換えに全能感を享受することができる。

2ちゃんねらーは時間を使って欲求を満たしているのだからウィンウィンの関係なのだ。

2ちゃんねるというコミュニティはその役割を全うに果たしているのである。